暖かい闇

酒と食事と過去

2020年のふりかえり

私たちは、目の前に何か目隠しを置いて、断崖が見えないようにしてから、平気でそこに駆け込んでいく。

 

ーー引用から文章を書き始めるような気障な人間ではないつもりなんだが、今年はこの言葉が頻繁に脳裡に浮かぶ年だった。上記はパスカル『パンセ』の一節、岩波文庫上巻の214ページからの引用だ。手元になかったので確認していないけれど、中公文庫のほうの訳は「われわれは絶壁が見えないようにするために、何か目をさえぎるものを前方においた後、安心して絶壁のほうへ走っているのである。」となっているらしい。こっちのほうがいいかもな。

 私みたいにことあるごとに断崖絶壁のキワから死を覗いてしまう人間からしたら、バカになるためにお酒や食道楽に頼って気晴らしをし続けなければまともに生活することもできない。生きるのが怖い。死ぬのも怖い。無理やり誤魔化して、目を覆って、ビクつきながら走っている。私のふだん付き合いのある友人たちも、どこかそういう面をもつ人が多いように思う。日本は貧乏で、労働は過重で、希望がもてない状況がそうさせているのかもしれないが。

 ところが、世の中はそういう暗い人間ばかりではない、というのが今年得た教訓だった。目隠しをしていながら、恐怖を感じず、崖にむかって進める人たちがいる。素晴らしい経歴を持ち、自己肯定感が強く、ひとあたりは柔らかく爽やかで、才気に満ち溢れている若者たち。そういう若者が威風堂々事業を興す。さながら王者の行進だ。そういう局面を近くから見る機会が多い一年だった。弊社含めて。堂々たる進軍のいっぽう、大きい金額や多くの人をすでに動かしてしまっているのに誰がその費用を払うかを決めていなかったり、そもそも考えていなかったり、そのやりとりを文字にして残していなかったり、そこらへんのサラリーマンなら学部卒2年目の社員でも確実にやっているだろうことをやっていなかったりする。個々の判断も、とくに合理的な根拠があるわけではなく、「イカしてる」「ダサい」くらいの直感的で感性的な判断をしている(文学部的な学部を出た身からすると感性的判断にもさまざまに説明の技術があるものだが、そういうのを学んだ人間は往々にしてイケイケどんどん界隈に縁が薄かったりするのでこういう場所にいない)。出資者や従業員にたいする説明責任があると思うのだが、イカしたオレ様のイカした判断だからだいじょぶ!と見得を切ってしまう*1。周りの人間もうっかりそれに騙されてしまうのだが、しばらくすると当然トラブルが起きる。そのときはじめて苦境に立たされ、いつもの明るい表情は苦悶に歪み、恨みがましい目でもって他人の顔を見つめるようになる。その顔は、これこそ人間!という顔をしていて味わい深い。人間は愛おしいなあ*2

ーー私の今年一年の仕事の苦しみがフラッシュバックしてついひがみっぽくなってしまった。話を戻すと、王者の行進のように威風堂々と、しかし、目隠しをして崖に突っ込んでいく若者が世の中にはたくさんいる、ということに私は気づいた。私が知らなかっただけで世の中にありふれている。そして、わりと人間はこういう存在なのかもしれないと、人間観にこの一年で少し修正をかけた。自信をもって高速になって発射され、当然の結果として多くの若者が散っていく*3。失敗した個々の人生は悲惨だろうが、発射台から発射された若者の何百分の一はいろんな条件が噛み合って自己を修正し成功を得ることがある。若者は勝手に高速になって信用や財産やその他もろもろを散らしていく、このことは私にはいかんともしがたいこと。個々の悲惨な人生も、私にはどうすることもできない。いまの日本ならでっかい借金背負っても、自分の資産をすり減らしてしまっても、それが原因で死にはしないだろうから、自分で目隠ししてチキンレースする人を私は引き留めはしない。各人がどういう気持ちかはわからないが、そういうゲームだから、と思うことにした。とはいえ自分の所属する会社が勝手に散ってもらっては困るので、そこはがんばりたい*4

 

 さて、自分の人間観に少し修正をかけることでようやく、現実と向き合う腹をくくった年の瀬になったが、失ったものは大きかった。健康だ。血圧が最高で190まで上がってしまった。循環器内科のお医者さんの顔がマジになってたのでビビッた。ストレスと過労と生活習慣のトリプルパンチだ。9月ごろに一週間ていど仕事ができなくなるくらい体調を崩した。血圧検査の結果、肝臓も値が悪いし、中性脂肪も馬鹿みたいに高い値だし、ふつうに突然死のリスクがある。前職の上司のお母さんは180で脳卒中で倒れたらしい。いまは降圧剤を処方されてさすがに180とか190、下も120を超えるみたいなことは起こらなくなったけど、もう私の身体はぶっ壊れてしまったんだね。もう戻らないんだね。抱えて生きていくしかないね。

 さすがにこれで鬱が再発したら会社を訴えようと思うけど、それはまた、別の、おはなし。

 

 さいごに、来年の抱負を10個、書いておきます!!一年後ちゃんと振り返ることができるように!!!

 

① プライベートの翻訳の仕事を完遂する

② ①を達成するために会社の仕事量に上限を設定し、1週間にどんなにすくなくとも10時間は語学の勉強や作業をする時間を設ける

③ 宗教学の専門書を年間30冊は読む

④ 貯金をする

⑤ 仕事より自分の心と身体を優先する(死にたくない)

⑥ いまある友人関係を大切にする(苦しいときに支えてもらった恩返しをしていく)

⑦ 『論理と集合から始める数学の基礎』と『ミクロ経済学の力』のテキストを終わらせる

⑧ 3泊以上の旅行をする

⑨ 仕事に必要な経理労務、法務の知識をつけ、実務で使えるレベルまで鍛える

⑩ 2021年12月31日まではいまの会社を辞めず働いて、致命的なリスクを事業から排除する

*1:見得と見栄は区別してほしいものだが…

*2:皮肉ではなく、ほんとうに愛おしいと思う。

*3:とはいえ、記録を残さない、リスクを正確に判定しない、合理的な判断をしない、現実を都合の良いように解釈して相手方の考えを確認しない、実務を軽んじる、法律を知らない、という人たちは失敗して当たり前なのかもしれない。仲良しごっこで上手くいくほど世の中甘くないと思うけど。

*4:おそらくこのブログを読むであろう社長へ。このまま変わらなければ会社は長くもたないので、これからも忌憚のない意見を言い続けますが、私の諫言が耐えがたいほど疎ましくなったらいつでも会社を辞めるので言ってください。転職までの時間の猶予はほしいですが。たんなる友人としてだけの関係に戻ります。