暖かい闇

酒と食事と過去

飲食雑記:フランス料理 2023年11月19日

 フランス料理を大学の旧友と食べてきた。いまでもこうして一緒に食事に行ってくれてるのはありがたいことだ。記憶が新しいうちに備忘録を。

 一皿のポーションが多いことで有名なお店だが、食事が終わってみると、難なく食べ切れた。でもしっかりお腹いっぱいにもなった。フランス料理屋でちゃんとお腹がいっぱいになるって現代ではそれだけで価値ではないだろうか。たいてい食べ足りないことが多いから。美味しいものは食べれば食べるほど食欲が増すものなのにみなさんけっこう控えめではないだろうか。

 お酒は30代に入ってからめっぽう弱くなったけど、食欲はまだまだ健在で、なんなら生涯で今が一番食えるぞ!!を毎年更新している気がする。特に油脂に年々強くなっていっている。フレンチだろうがなんだろうがかかってきんさい、という気持ち。

 最近ではフランス料理のクラシックなレシピを自分で作ったりもしている。アオハタをクールブイヨンでポシェしてたっぷりのブールブランソースで食べるみたいな。お肉だったら赤ワインソース(国産牛、和牛で)は最後バターの量をケチらずモンテするし、ベアルネーズソース(スーパーで手に入る肉の中ではウルグアイビーフリブロースが一番合うと思う。オージービーフ、USビーフでもいいけど、ウルグアイ産のリブロースはそれらと比べ肉が小ぶりで適度に脂と筋が噛んでいるのでバランスが良い。草の香りも抜群に強い。)はそもそもバターの塊だ。油脂には酸をギュッと煮詰めてぶつけてやると、いくらでも食えるという発見。

 自分の嗜好の変化と同時に、自分でも作ってみて理屈が理解できるようになってくると、フランス料理への憧れはいや増すばかり。そのタイミングで行けたのでたいへん充実した時間を過ごした。楽しかった。

 以下、お料理。

 

1.ジロール茸と帆立のマリネ、スダチの香り、インゲン、ポワロ―

 アミューズと呼ぶにはそこそこ量のあるアミューズ。前菜一品この量ですと主張してもぜんぜんだいじょうぶな量の皿が出てきた。インゲンから食べ始めると、このインゲンがなぜだか不思議と美味しい。インゲンの豆の香りが最も際立つゾーンよりは少し長めに加熱しているように思える。だけど、そのおかげで柔らかく、しなやかで安心感のある味。特別なインゲンでも、特別な調理法でもないだろうが、なんかいい。その次にジロール茸。こちらはうってかわって酸味が効いている。もっとこっくりした味を予想していたけどスダチの香りと相まって爽やかだった。そこに帆立を続けて口に入れる。帆立の甘さが、ジロール茸の酸味と爽やかさに釣り合ってくる。そこでポワローのマリネ。ここで一皿がバチっとハマるのを感じた。ポワローはしっかり甘さがあって、ネギの優しい香りがあって、ジロール茸の酸味を包み込んでくれる。ここまで来て、ポワローの甘味がジロール茸と全体の酸味に拮抗し、皿全体に均衡を生んでいた。

 皿の一番上にはインゲンが乗っていて優しい素材の味、インゲンの下、皿の左側(通常右利きの人は左から手を付ける)にはジロール茸で酸味をヴィヴィッドに感じ、次に皿の右側に配置された帆立の旨味と甘味、さらに皿の最下部に隠されたポワローの甘味と香りで全体が調和する。食べ進め、それらを繰り返し行き来することでこの楽しさを発見する。一口で美味さがすべて完結するのではない美味しさ。振り返って考えるに、この現象はそもそもポーションが多くないと成立しない。そう、たくさん食べたい私みたいな人間には、こういう飽きない構成がとてもとても嬉しい。

 

2.ボタンエビのビスク

 少量のボタンエビのビスク。一口目の印象は熱々!!!!! 次にエビの旨味がふぁっと広がる。その奥から野菜の優しい甘味と旨味をじわじわ感じる。エビだけの美味しさじゃない。だからエビの押し付けがましい感じがない。熱さで鮮烈な印象を残しておきながら、余韻はずっと優しい。とても美味しかった。さあ、これからたくさん食うぞ!!というやる気に満ち溢れる。

 

3.コンソメジュレ、ウニ、カリフラワーのソース

 ウニの上にはたっぷりのコンソメジュレが。ウニはさながら凍った湖かに閉じ込められているようだ。とするならば、コンソメジュレの外周に流し込まれたカリフラワーソースは降り積もった雪だろうか。見た目がとても美しい。最初、コンソメの香りと味が口全体に広がる。次に口内の温度でコンソメジュレが溶けて、ウニが混ざってくるとウニの甘さが混然一体となって、極めて甘美な味わいとなる。コンソメジュレもウニもたっぷり使われていて、この一口の美味しさを何度も何度も味わえるのかという多幸感よ! ときどき口に入ってくる刻んだ生のエストラゴンが変化を生み出してくれて飽きることはない。とにかく素晴らしい。また食べたい。

 

4.鱈白子ソテー、トマトソース、炒めたエシャロット、ケイパー

 トマトフォンデュを敷いた上に、表面カリッと香ばしくソテーされた鱈白子。白子の右側にこちらも香ばしく炒められたエシャロットが乗っている。ケイパーは皿に散りばめられている。白子は塩がきっちり効いており、単体でもとても美味しい。カリッとした表面と、とろっとした中身のコントラスト、舌に絡みつく濃厚な旨味。冬がやってきたね…としみじみ。トマトフォンデュはきっちり酸が効いていて媚びない味わいがいい。エシャロットは白子の右側半分の上に乗っていて、食べ進めると合流するようになっている。エシャロットはけっこうしっかりめにソテーされていて、茶色くチップスみたいに揚がっている部分もある。水分が飛んで甘味と旨味と香りが凝縮されたそれと、白子、トマトフォンデュが出会うことで、一挙に食わせる味になる。食べれば食べるほど食欲がどんどん増すように、それはできている。量が多かろうがなんぼのもんじゃい、まだまだ食べられますぜ。

 

5.ヒラメのポワレ、春菊、揚げたポワロー、揚げた里芋、リンゴのソース

 ヒラメの表面には砕いたナッツと胡椒。そして火入れが完璧だった。表面は香ばしく、中身はほろほろと崩れる食感。胡椒が主張しすぎてヒラメの繊細さに勝っているようにも感じたがワインを一口飲むとその辛味と香りを中和してくれた。ナッツと胡椒の強い主張は、さらに春菊やポワローと一緒に口に運んで咀嚼するとお互い衝突し合ってそれぞれの主張の強さが穏やかになる。スパイスでも同じような現象は起きて、パクチーが苦手な人でも複数のスパイスの森に隠してしまうと食べられたりするというアレだ。里芋は揚げ油が動物性なのかわからないけど独立してパンチのある美味しさだった。

 

6.牛ランプステーキ エシャロットソース

 個人的な好みからするともう少し火が通っているほうが好きだった。レアというよりはブルー寄りな火入れだったように思う。肉質は柔らかくて美味しかった。同行人が食べていた子羊が超美味そうでしたね。

 

7.紅茶のプリン、キャラメルアイス

 レストランのキャラメルアイス大好き。甘くて苦くて目が回りそうです。

 

8.紅茶、焼き菓子

 焼き菓子いっぱい出てきて嬉しかった。ラストスパートなので、紅茶には砂糖をたっぷり入れて血糖値アゲアゲにしてフィニッシュだぜ。これが食後の多幸感を生むんや。

 

総じて

 それぞれの要素を食べ進めることで食い気をどんどん増していく味わいはあらためて思い返して考えるとすごいなーと思う。そしてその構成は一皿の量が多いからこそ実現できる。あの美味しさはあの量あってこそ。これだけ書くと技巧的なようだが、一方で重要なのは、そのような構成になっていながら皿から作為をほとんど感じないということだ。自然体で朗らかで、明るく、食べる側に緊張を強いることがない。伝わってくるのは、美味しいものは当然たくさん食べたいでしょ、お腹いっぱい食べていってね、という気持ちだ。私も友人を家に招くとこういう気持ちで料理を振舞うが、お腹いっぱい食べてねというもてなしを今日は自分が受けることができて、とても嬉しい気持ちになった。これは私が何回かやらかした失敗だが、この気持ちが暴走すると、量が多すぎる、もう食べられない、とクレームが入ってみんながちょっと悲しい気持ちになる。今日はそんなことが起きない幸せな世界。

 今日は友人らと極めてとりとめのない話をしながら、それぞれの料理の美味しさと感動を分かち合って、楽しい夜だった。食後はみんなで腹ごなしに歩き、近くの某宗教の本部施設を見に行って東京観光もできた。最寄り駅近くのバーで金柑のジントニックを飲み、洋ナシをアテにカルヴァドスをあおって家路について今である。満足です。