暖かい闇

酒と食事と過去

老舗蕎麦屋の海老問題と食べログ文学のはなし

 今年に入ってから鍋焼きうどんの食べ歩きをしている。これを書いている1月29日時点で記録は23軒。東京では蕎麦の光が強すぎてすっかり影に隠れてしまっているが、鍋焼きうどんも東京の蕎麦屋を堪能するための素晴らしい切り口のひとつだとわかってきた。ところで、今回の記事のテーマは鍋焼きうどんではなく海老だ。鍋焼きうどんの種にはたいてい海老天が入っているものなのだが、ときどき不思議な食感の海老にあたることがある。それも老舗で。みしっとしたブラックタイガーでもなく、保水海老のようなプリっと食感でもなく、火を通しても比較的柔らかく甘味をしっかり感じるタイプの海老。間違っているかもしれないが、国産だとするならば私の見立てではヨシエビかそれに類する仲間なのではなかろうか。そしておそらく三河湾産。食べ歩きの過程で様々なタイプ海老があることに気づく。老舗蕎麦屋の海老はどういう海老なのか、どのような海老だったのか? これが老舗蕎麦屋の海老問題だ。

 鍋焼きうどん発掘の過程で食べログを漁っていると、いままで意識的に避けていた食べログ文学を読むこととなった。その書き手である彼は、情報を総合するに父の経営する会社を大学卒業とともに引き継ぎ、63歳で後継者に会社を譲り、現在68歳前後だということがわかっている。冒頭歌詞引用、店や料理と関係ない自分の過去の体験や街の描写の挿入、簡単なフランス語やイタリア語の横文字挿入とその解説等、文彩豊かなブロガーであることがわかる。その彼が、某老舗蕎麦屋の天ぷら蕎麦について、かき揚げの海老が小さいことに落胆し、海老天についても老舗たるもの尾が丼からはみ出すほどの大きい車海老を使ってほしいものだと嘆いていた。ここまでくると老舗蕎麦屋の海老はどうあるべきなのか? という新たな海老問題が発生するのだが、事実として老舗蕎麦屋で海老の尾が丼からはみ出すほどの大きい海老をずっと使ってきたのかについて、はなはだ疑問に思った。

 というのも、養蓄の技術は明治からあったようだが、車海老の完全養殖が確立されたのが1960年代のようで、海老輸入の自由化も1960年代。多種多様な海老が安価に手に入るようになったのはそれ以降だと考えられる。某店の創業は1869年(明治2年)なので、古くは東京湾で採れた天然海老のみを使用していたことだろう。車海老ではない可能性もじゅうぶんある。たとえばヨシエビやクマエビなど。みんなお世話になっているぼうずコンニャク図鑑によると大阪では車海老より好んで使う天ぷら屋もあるらしい。とすると、天然車海老で20cm以上に育つものがあるとはいえ、そして東京湾でまともに海老が捕れていた時代がかつてあったとしても、我々が親しむ海外産のブラックタイガーやシータイガーよりも小ぶりの海老のほうが一般的だったのではないか。小ぶりの海老のほうが老舗の古形を伝えているという可能性はないだろうか。根拠としては少し弱いという自覚はあるものの、したがって、老舗蕎麦屋”だから”大きい海老であるべきという主張は少々気の早い主張だろうと思われる。老舗が老舗だから大きい海老をずっと出し続けてきたというのはおそらく事実と反するだろうから。それぞれの店がそれぞれの調理と提供の仕方をしており、変化してきた。歴史の層に思いをはせつつ、いろんな分岐があって今に続く店と料理があることを理解して、それぞれの良さを味わうのがよいのではないだろうか、というのが私の提案。古形を残しているから必ず良いというわけでもないから、結局は目の前の料理のその調理法に理があるか否か、総合的に判断すべきだ。

 老舗蕎麦屋の海老問題に戻ると、おそらく蕎麦屋の海老には1960年前後で大きな転換点があったのではないかというのが私の推測だ。車海老以外にもヨシエビなどの海老を含む海老が海老天の材料として使われていて、それが60年代以降に徐々に養殖や海外産に置き換えられていった。そして大型化していった。(そして保水海老がそのあとのどこかの年代で登場する…のかな?? ここから先はリサーチ必要だから覚えていて元気があったらいつか調べます。)

 さて、先ほどの食べログの書き手は件の天ぷら蕎麦が自分の天ぷら蕎麦の評価基準に合致しないことから、焦点をつゆに移し、この店の真価はつゆにありと評価してレビューを締めくくっていた。理解できない料理に出会ったときポジティブな面を探して評価する姿勢には好感がもてるものの、私見では、某店のかき揚げや天ぷらの真価は、卵を多めに含んだ天ぷらのその衣にある。衣がつゆを含んで独特の食感と風味を生み、見事な卵料理として完成している。したがって、私の見解ではそもそも海老はその料理の中央に据えられてはいない。海老の小ささは衣の良さを前面に打ち出せるし、細打ちの麺とも相性が良い。溶けた衣も甘さのあるつゆと合わさるとぐっと引き立つじゃないか。某店が古形を伝えているとして、それを継承し続けるだけの料理としての必然性と説得力が某店の天ぷら蕎麦にはあるというのが私の理解だ。だからあの形で残った。あれをもって完成形としたい。ダメだろうか。

 天ぷら蕎麦の中心は海老であるという予断が彼のの観察眼を曇らせた。彼はこの店を天ぷら蕎麦行脚の一環で訪れており*1、その目的に沿えば、天ぷら蕎麦を海老で評価したいというのも無理ない。レビューのなかで彼は某店が「かき揚げの衣の香りをお楽しみください」とメニューに一文挟んでいることを書き留めている。過不足ない説明だ。店からのメッセージを読み、それを記述しながらなお、それを文字通り受け取ることは難しいのだ。だからこそ、目の前の料理、そして今自分がそこにいる店と向き合うことは、かくも難しいことだとわからせられる。いま私は鍋焼きうどんの食べ歩きをしているが、鍋焼きうどんで複数の店を横串で貫くことは、必ずやそれぞれの店を全体的に捉えることを阻害する。いま自分がしていることはあくまで店の一部しか捉えられない営為であることを心に留めつつ、もうちょっと鍋焼きうどんの店を回ってみたい。(テーマ縛りの食べ歩きは楽しいので止めるつもりはない。)

 

 自身への教訓として備忘

・食べ歩きの経験の長さから自分の経験を一般化してしまい、歴史的観点をはじめとする他の観点を見失ってしまうこと

・そのように形成された予断から、目の前の料理と向き合うこと、店の案内を素直に受け取ることができなくなること

 これらはいまでも起きうるし、そしてこれからはもっと起きうる料理評価のアンチパターンと心得よ。経験が増えるがゆえの落とし穴はあるよな。気をつけよ。

 それとは別に、人生ゲームをあがってしまったおじさんが誰に怒られることもなく好き放題食べ歩いて感想を公にできるって羨ましいな!!!!!!

 富・名声・力!

 

以上。

*1:自身の天ぷら蕎麦探求を彼は15世紀16世紀のルネサンス文化人の知的探求に準えている。なんたる文彩!