暖かい闇

酒と食事と過去

テールスープ、もとい、しっぽ汁のはなし

 社長とか取引先の悪口をいっぱい書いてやろうと意気込んでいたけどけっきょくぜんぜん書けなかったな…。怒りが心のなかでスパークしてそれがまた別の怒りに火をつけてスパークしていく。そうしてはじけては消える怒りの感情の手触りはたしかにあるのに、その激情が向いている対象はけっこう複雑で、なかなか単純化できない。特定の人や組織に怒りは向くものの、怒りを引き起こす彼らの言動はさまざまで、整理がついていない状態だ。おそらく正確に記述するためには、怒りの感情から離れて、冷静に事実を見る目が必要となる。したがって、怒りの感情が下火になるまで待たれよ。仕事は続くので怒ってばかりはいられない。事実を淡々と記述し、ひとつひとつに対処する方策を考えていかなければならない。人生という冒険は続くのだ。怒りにかられても、それで体調を崩しても、おそらくしばらくは。

 

 先週の水曜日にテールスープをつくった。実家に帰ると、たんに「しっぽ汁」と呼ぶ。「テールスープ」なんてかっこいいカタカナでは呼ばない。それはお店屋さんでの呼称だ。牛の尻尾の肉を使って汁物をつくるから「しっぽ汁」。きわめて明快。お店屋さんに向かない典型的な料理のように思う。牛の尻尾を大量に使いコンロを占領し時間をかけるが工程はシンプル。出来上がるものは地味。こういうのはお店屋さんではなかなか提供しづらい。

 つくり方は以下。

 親にたのんで地元で買って送ってもらった飛騨牛の尻尾1.5㎏を冷凍しておいたので、これを冷凍庫から出して一晩かけて自然解凍する。信頼のおける肉屋で買っているので綺麗に処理してもらっているが、肉についているよぶんな脂の塊を包丁でさらに削ぎ落し、沸騰したお湯で湯引きする。冷水にとってよく洗う。表面に牛の毛が付着していることがあるのでひとつひとつよく見て洗いましょう。鍋で牛の尻尾をニンニク数片とともに水から炊く。中火の強火で沸騰するまで。沸騰したら弱火に落として3時間くらい煮る。これまた実家から送ってもらって冷凍しておいたあく抜き蕨を投入し、さらに2時間程度煮てできあがり。

 肉は合計5~6時間ていど煮れば関節の軟骨が外れるくらいになり、骨から肉離れが良くなるのでそれくらいまで煮ましょう。これ以上煮ると肉の味が抜けてしまってよくないと母親には言われるがどうなんだろう。蕨を途中から入れるのは、煮込みすぎると繊維がほどけてどろどろになってしまうから。牛の出汁を吸いつつも食感が残っていた方が美味しい。

 上記のつくり方を見てわかるように塩味はついていないので、調味は食卓で行う。各自塩で味を調えるか、小葱の小口切り、すり胡麻、韓国産唐辛子、醤油を混ぜ合わせた調味料を入れて食べる。肉は小皿に出して先ほどの醤油ダレをかけたり塩をかけてスープとは別に食べてもいい。ご飯を食べるときはスープで湿したスプーンで掬い、汁に浸して食べる。小皿に取り出して塩味を足した肉といっしょに箸で食べてもいい。

 米を食いすぎてしまう…。どんぶりに牛の尻尾関節大小ひとつずつ入ったスープ1杯で白米を1合くらい平気で食べてしまう。家で大量につくる煮込み料理系、たとえば豚汁とかカレーとかいろいろあるだろうけど、そういうたぐいのものではしっぽ汁がいちばん好きかもしれない。牛肉出汁一本勝負のストレートな力強い味わい。いまならこのことの良さが理解できる。昔は脂と肉臭いのがダメだったが。これが美味しく食べれるようになったのはたんに歳をとったからなのか、それはわからない。

 

 さて、ざっくりとつくり方と食べ方を紹介したが、細かく見ていくと、じつは上記ではないやり方がたくさんあるなかで上記のようなやり方を選んでいる。

 まずは調味の仕方について。私はてっきり母方の祖母の味そのままだと思っていたのが、どうやら違うらしい。数年前祖母に電話で聞いたところ、鍋のスープに直接調味してしまうのだという。塩と醤油と味醂と味の素で味をつけてしまうのだという。(母親曰く味の素についてはそんなん入れへんとのことだが時代だし入れていたときもあっただろうと思う。牛の濃い旨味がでるから実際不要だが、昆布を入れないのでグルタミン酸の旨味を足すのは不合理ではない。)母親にこの件聞くと、卓上で塩味か醤油ダレで調味するのはむしろ、父方の祖母のやり方で、父親に合わせていたというのだ。直接父からリクエストがあったのか、父方の祖母に教わったのか、父の実家に行ったときに見て学んだのか、そのあたりはわからない。とにかく、母の家のやり方ではない。

 具について。乾燥ではないフレッシュな蕨が至高ではあるが、通年手に入るものではないので、大根を使うパターンもある。

 肉の下処理について。母親から教わったつくり方だと肉はさっと表面の色が変わるていどの湯通しで終わらせるが、一度水から炊いて茹でこぼすパターンもあるし(これについてはいい肉を使っているので我が家では不要という認識)、下茹でしないパターンもあるだろう。また、生の状態の肉から私はさらに脂を除去してしまうが、母親はそこまでしない。仕上がり時に鍋の表面に浮く脂の量や肉につく脂の量は好みの問題だ。

 肉の炊き方については、水から茹でる人も湯だったところに肉を投入する人もいるだろう。アクは徹底的に掬うが、肉から出てくる脂をどこまで取り除くかは私と母親ではスタイルが異なる。母はけっこう脂を残すが、私は母のつくるものの半分以下ていどしか脂を残さない。我が家のやり方では温度は小さい泡が立つていど、おそらく90度前半くらいで長々と炊くが、もう少し火を強くして炊く家もあるように思う。脂を残せばコッテリする。強火で炊けばスープが白く濁っていく。あと、同じ素材で同じようにつくっていても、どうしても母親と自分のだと仕上がりに明確な違いが出てしまう。母のしっぽ汁のほうが、味が濁っていて(悪口ではない)パワーがある。今回、実家に帰ったときに沸いた鍋をみて沸騰の加減を確認した記憶をもとに、同じくらいの火加減でやってみたら少し近づけたように思う。ちょっとだけ火加減を強くした。一度に仕込む量の問題もあるだろう。実家で作る場合は単純に食べる人数が多いから肉も倍量くらい使うし、鍋もでかい。そうすると火の入り方は当然違ってくる。もう高齢でつくれないが、母方の祖母がつくるときは昔は牛の尻尾3本をでかい鍋で炊いたらしい。(尻尾の肉何kgじゃなくて本でカウントするんだ…という気持ち。肉屋でそういう注文するんだろうな。大阪で蒸し豚を買うときも母親についていくと何gでくれとかじゃなくアバラ何本分くださいで注文するからそういうやり方もある。)

 全般的にだが、私の場合、下手に料理知識があるから手を動かしていると無意識にキレイな味にしようとしてしまう。肉からは脂を除去してしまうし、アクはこまめに取り除いて脂も掬ってしまうし、火は極弱火にしてしまうので、母親よりキレイな味をつくってしまう。それに、諸々の家事をやりながら炊く母親と休日にたっぷり時間を使える独り暮らしの私だと条件が違う。肉の脂を取り除く作業も量が倍になれば時間も倍になる。

 食べ方については、昔はスプーンで具を掬って食べるという所作が私にはできなかった。汁だけを掬って飲むのはできたんだが。習得したのはたしか中学3年生くらいだったように思う。店でユッケジャンスープを祖母が食べているのを見て真似したらできたように記憶している。肉をスプーンでほぐし、蕨といっしょに掬ってスープごと口中に運びそれでいてこぼさない所作はけっこう難しい。ただ、これができるようになったほうが一度に複数の素材を口中で味わえるので美味しいし、箸に持ち替えなくてよいので食事のグルーヴ感が維持できる。これができるようになるまでは食べにくい料理だと思っていた。この食べ方は(正しく本来はこうあるべきという)マナーではないが、「これを食べるときにはこうする」という一種の型、身体技法である。

 調味法/具/肉の下処理/炊き方/食べ方に至るまで、一杯のスープにいろんな文脈がのっかってくる。最終的に口に運ばれ味として認識されるまでにさまざまな分岐があるが、そのうちのあるひとつのルートが選ばれるのは、母から娘、そしてそのまた息子への継承、家庭内の夫と妻の権力関係、食べる人つくる人の好みの対立、肉やその他素材の流通環境、使用する調理器具、家族の構成人数、食べる量、家庭内で置かれている役割による料理にかける熱意の配分、食べ方の身体技法の習得等々が相互に作用した結果の出力なのである。

 

 さて、ここからが本題かもしれない。

 このように「私のしっぽ汁」を語ることになんの意味があるだろうか?私という個人の、その嗜好性のルーツを探ること、それは私という存在の唯一無二性、ある種の必然性を求める運動であるかもしれない。しかし、この語り直し、は必要なのだろうか?しっぽ汁はたまの贅沢で出る料理ではあるけども、家族の外(社会とか?民族とか?国家とか?)に対して殊更にこんなものがある!と主張しなければならない理由はない。日常の営みは、誰に言わずとも続いていくものである。しっぽ汁が生活に完全に溶け込んでいるとき、アイデンティティの拠り所として意識に前景化しないはずだ。

 そもそも、他のつくり方もあったはず、という認識の仕方からしてすでに変だ。そりゃ、可能性としてはあるが、それは料理についていろいろな知識を持っているから可能性を考慮できる。あるいはレシピとして書き出すこと、再現可能にすること。それはいま自分が置かれている文脈から料理だけを切り離して操作を可能にする、あるいはできると思っているということだ。家庭料理のつくり方(レシピなんて大仰なものではない)を訊ねるとき、しばしば味の根幹にかかわる部分でさえ曖昧な答えが返ってくるのはよくあることで、つくる本人たちは当然のこととして、生活の一部としてつくっているから、わざわざそれを反省的に意識することはないから言語化できない。その必要性がないからだ。先日も父親の友人の名古屋のマダムに土手煮(牛すじや豚モツを赤味噌、主に八丁味噌で煮込む料理)のつくり方を聞いたとき、味噌はカクキューの八丁味噌100%のものか米味噌をブレンドしたものか、出汁を使うか否かについて「どうだったかな…」という返事が返ってきた。そういったものを、書き起こし、固定し、家庭の味、地方の味として披露するあなたは誰か?

 もし、私がしっぽ汁が家庭から消えてしまう(おそらく失われていく料理だろうと思う)という危機感をもって全国にちらばるしっぽ汁のレシピのバリエーションを収集し、しっぽ汁はこういうふうにつくるんだ、保存しよう、となったらこれは立派な民族のアイデンティティを主張するポリティクスになる。だけどもし、あなたがしっぽ汁について情報を収集して発表するとすると、あなたは誰?

 もしも、しっぽ汁一杯(これは一例です)が生み出されるまでのさまざまな文脈の重なり合いを文化と呼ぶのなら、その文化を語ることは、日常実践の複雑に絡み合った意味の網の目を解きほぐすことを指すはずだが、その作業もすでに日常実践への介入であり、意味の網の目のダイナミクスへの参入である。

 

 まあ、こんなことは、何十年も前から言い尽くされた平凡な話*1なんだけどね。今年転職してから「文化を盛り上げよう!」とがんばる人たちと仕事することが多々あるのだが、みんなふわっとしているというか、「文化」って言葉はずいぶん軽く使われてるな~というお気持ちがどうしても発生してしまって集中できない。ということで書きました

 仕事関連の人たち!!もし読んでたらごめんなさい!!!!!!

 

 以上です。

 

*1:参与観察者も無関係ではいられないという話。たとえば、宮本常一、安渓遊地『調査されるという迷惑―フィールドに出る前に読んでおく本』みずのわ出版(2008)などを念頭に置いています。